百歳坊と興福廟の三葉栱
もうだいぶ経ってしまいましたが、今夏に共同研究で福建省の民居集落を調査に行った際に見かけた2つの建築をご紹介します。
以前にこのブログで紹介した長崎の崇福寺第一峰門と同様、「三葉栱」と呼ばれる珍しい軒先の組物を採用する建築です。
烏龍茶で有名な武夷山市に、清代以来の景観を残している城村という集落(福建省武夷山市興田鎮城村)があるのですが、この集落の入口に、興福廟と呼ばれる宮廟(ここでは道教と仏教が習合した宗教施設)と、百歳坊と呼ばれる門が存在します。
外観はこんな感じ↓(左:興福廟、右:百歳坊)
ちなみに百歳坊は、この村に百歳になる老人が住んでいたこと記念に建てられた門だとのこと。
ともに17世紀末頃の建築だそうですが、近づいてみるとこの通り↓(左:興福廟、右:百歳坊)
肘木の手先が正面だけでなく左右の斜め前方に突き出て、隣の肘木と巻斗を共有する「三葉栱」と呼ばれる複雑な形式の組物であることがわかります。
ちなみに、崇福寺第一峰門の軒はこんな感じ↓
三葉栱は中国南部の建築様式だそうですが、どうも中国でも例が少ないようです。
城村の上記2例は同時期のものでまったく同様の技法で作られているようですが、
よーく見ると、崇福寺第一峰門とはいくつか違いが見られます。
1)崇福寺第一峰門では、軒の出は四手先だが、城村の2例は六手先となるのでさらに複雑。
2)左右から斜めに差し出された肘木により共有される巻斗が、城村の2例では肘木の向きに合わせて45度斜めに置かれる。
3)肘木の形状は、崇福寺第一峰門が細長いが、城村の2例は成(せい)に対し出が短い。
崇福寺第一峰門は、浙江省寧波で部材を切り組んで運び、元禄9年(1696)に建立したそうですから、城村の2例と同時代ではありますが、
寧波と城村は直線距離で500kmほど離れた地域。日本でいえば江戸-大坂間くらい離れていますから、地方差があって当然かと思われます。
しかしながら、日本ではわずかに崇福寺第一峰門のみにしか見られない三葉栱の同時代の実例が、黄檗の故郷の福建省に残っていることは、大変意義深いことに思われます。
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